2018年11月27日

第3回口頭弁論 原告の陳述(その2)

東京外環道訴訟の第3回口頭弁論が2018年10月9日東京地裁103号法廷で開かれました。
そこで二人の原告が、トンネルの上の自然破壊や住民に対する権利侵害の実態について意見陳述を行いました。
今回はその2として、原告の大塚さんの意見陳述を以下にご紹介します。

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意 見 陳 述
平成30年10月9日
原告 大塚 康高

 東京外環道の事業者がいかに住民の求める情報の提供に後ろ向きであるかをお話しします。
 工事中、万が一の事故が起きた場合に備え、緊急避難計画を作ってほしいと住民側が要求したのは、福岡市博多駅前の大規模陥没事故がきっかけです。市営地下鉄延伸工事中の2016年(平成28年)11月8日の明け方、トンネル内に水と土砂が侵入し、作業員が危険を感じて避難したわずか15分後に地上で陥没事故が発生しました。陥没規模は、最終的に30m×30mの広さで、深さは15mに達しました。死傷者が出なかったのは奇跡です。

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 事故の模様をテレビ、新聞などを通して目にした外環道予定地沿線住民は、トンネルの危うさをひしひしと感じました。翌年の2月に沿線各地の「本線トンネル東名北工事に係るシールドトンネル工事に関する説明会」で、事業者と直接話し合う機会を得た住民の多くが最も多く質問したのは、「外環の工事でも陥没事故が起こるのではないか。大丈夫か」ということでした。

 「博多駅前の陥没事故のような事故が外環では絶対に起きないと断言できるか」と住民に迫られた東京外環国道事務所担当課長は答えに窮しました。このため、住民は「工事での異変発見から15分で地上の住民が避難できるように、緊急避難計画を作ってほしい」と求め、東京外環国道事務所は計画作成を約束しました。

 そして、危機管理手法として工事の安全管理項目の設定と安全管理値データの開示を計画に盛り込むこと、併せて、地表面の変化チェックに不可欠な地下水位、地盤沈下量のリアルタイムでの公表を求めました。
 安全管理値は、1次管理値、2次管理値など段階的に数値目標を決め、それぞれの数値を超えた場合の対応を決めておくものです。
 福岡の地下鉄では、2次管理値を越えたら市交通局に連絡、3次管理値を超えたら、即、工事を中断することになっていました。しかし、その決まりが守られなかったとの疑いもあるようです。
 管理値の設定が重要であるとともに、取り決めを守らせることが極めて重要です。私たちは、安全管理情報を公開することが、工事の安全・安心に近づく方法であると考えています。

 しかし、今年7月のオープンハウスで出てきた「トンネル工事の安全・安心確保の取組み」というパンフレットには、1次管理段階、2次管理段階、3次管理段階という文字はあるものの、管理項目も、目標とする数値も記載されていません。
 さらに、「緊急時」の定義が「トンネル内に掘削土以外の土砂等が大量流入する時」に限定されています。 過去の事故を見ると、トンネル自体が土圧などで歪む、トンネル壁面を構成するセグメントが破損する、トンネルを掘削する方向にずれが生じるなど、原因は一つではありません。
 これでは、住民が避難すべき現象や避難時期を推定する基準値を知ることができず、また、15分で避難できるとは思えません。

 安全管理基準を住民と共有し、万一に備えているケースはないのでしょうか?
 あります。例えば、広島高速5号線です。これは、広島高速道路公社、広島県、広島市による事業ですが、そこでは地盤沈下量の管理値が1次1.3mm、2次2.4mmと定められ、住民は工事現場にある現地ステーションでリアルタイムの地盤沈下量、地下水位などを知ることができます。定期的な情報伝達としては、回覧板、現地見学、ホームページが利用されています。住民の工事に対する不安を解消し、安全・安心を感じてもらうために、広島の事業者が取り組んだのは、情報公開と話合いの姿勢です。広島県でできることが、国レベルでできないはずはありません。

 東京外環の工事は、16kmも続く住宅密集地下のトンネル工事、直径16mのシールドマシン2基、真円形の地中拡幅工法、どれをとっても日本初です。しかも、事業者が世界最大級の難工事と認めている工事です。住民の安全・安心に十分な配慮は必要不可欠です。
 しかも、これも日本初、本格的な大深度法適用事業です。大深度法の基本方針では、「事業に対する国民への説明責任(アカウンタビリティー)を果たすため、 事業の構想・計画段階から、事業者は、住民等に対して関係する情報の公開等を行う」としています。
 しかし、事業者は現状、全く説明責任を果たそうとしていません。これは、重大な基本方針違反だと考えます。

 世界最大級の難工事が、透明性の高い、説明責任をきっちり果たす事業となるよう、裁判所のご指導に期待し、私の陳述を終わります。
以上
posted by 東京外環道訴訟を支える会 at 10:58| Comment(0) | 日記

2018年11月09日

第3回口頭弁論 原告の陳述(その1)

東京外環道訴訟の第3回口頭弁論が2018年10月9日東京地裁103号法廷で開かれました。
そこで二人の原告が、トンネルの上の自然破壊や住民に対する権利侵害の実態について意見陳述を行いました。
今回はその1として、原告の金子さんの意見陳述を以下にご紹介します。

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意 見 陳 述
平成30年10月9日
原告 金子 秀人

「真の文明」

 世田谷区成城に50年近く居住する、原告・金子秀人です。生地は世田谷区上野毛の国分寺崖線の上の台地ですから、環境は現在とほぼ同様、武蔵野台地の縁で暮らしてきました。これが私にとっての東京です。
この縁の下が、外環道の事業地です。台地の縁は、NHKの人気番組「ブラタモリ」に見るまでもなく、多くの自然、文化資産のあるところで、世田谷では、このほとんどを失います。

 私の家から100m余りのところに、外環道の予定線がありますが、この外環の計画線のとの間は、2ha余りの保護林、そしてこの崖線は都の土砂災害警戒区域になっていますから、何かあれば、私の家は、直ちに外環道と接することになります。ここに、地図上の平面的記載と事実上の立体的な地勢学的な状況は大きく異なるのです。

 そして、この森は、現在誰も入れません。森全体にフェンスが巡らされ、実は鍵がかけられています。そして、国法・都市緑地保全法による、縛りの堅い、東京都の特別な緑地地域になっています。この法の指定地は、都区内には、上野寛永寺境内、明治神宮内苑、和田掘公園、程度しかありません。そのひとつが、この「成城みつ池」のある緑地です。

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 森は、鬱蒼としています。正しくは、していました。これは、極相といって、武蔵野国風土記稿にいう、大村・喜多見の農家にとってはあまり良いことではありません。実は文学にもしばしば描写される武蔵野の林は、明るい風通しの良いものです。これは、本来は鬱蒼としていた、関東の照葉樹林帯に、農耕民が常に入り、不断の農耕と生活を営んだことにより、いわば自然との呼吸で、武蔵野の林や里山が誕生したのです。

 今は、定住農耕民は減り、農業の姿も変わり、この薪山を必要としなくなりました。それで、重苦しい鬱蒼とした山になってしまったのです。

 ここに、十余年前、事実上激減した定住農耕民に代わって、その役割りを担う、ボランティアが山に入るようになりました。ボランティアは、木に風を通し、崖に杣道(そまみち)を作って管理できるようにし、定住農耕民の代わりに、会を作って、自ら会費を払い、森を守り続けてきました。本来は東京都が行わなければならない仕事ですし、ボランティアの仕事は、年間人件費換算数千万円ほどのものになるといわれています。

 そして十余年、森は蘇り、小さな沢スジを流れてきた湧水は、江戸期からの池をまもり、僅か数十畳程度の池をまもり、カワニナが育ち、ここに太古からの自生ゲンジボタルの命を紡いでいます。

 このゲンジボタルはボランティアの努力でDNA鑑定もされ、現在では東京23区内で、ここだけの、唯一のものとなってしまったのですが、大丈夫です。今年も生きています。

 この国法にも指定される特別保護林を守るのは、行政ではなく自ら会費を納めるボランティアですが、ここには確かな“文化”があります。
 都市計画決定権者の元都知事は、「東京には文化なんかないんじゃねえか」と言い放ちましたが、ここには、アグリカルチャーのカルチャー、文化があります。

 ところが、ここの直下を、巨大な外環道は、浅い地中拡幅部となって、この小さな池の下を掘りぬきます。

 そして、今また、動き出したと、一部の人間にはアナウンスされた外環道は、原因不明の酸欠空気を地上に垂れ流しながら、この2kmほど先の「成城みつ池」に達しようとしています。

 ボランティア住民の十余年の努力は、一体なんだったのでしょうか。降っても晴れても、余念無く、昔からの里山を、会費を払ってまで育て遺そうとした日々は何だったのでしょうか。それにもかかわらず、国都は、気泡の説明会すら行うことを拒否しています。

 住民が行ってきたことは、国の法を守る営みです。ただでは環境は守れないのです。そこを自らが、昔の定住農耕民に成り変わって、里山を維持する。これは、優れて文化的な営みです。
私は、自分も含めて、この住民たちの、この環境に関する営みこそ、法で保護されたものであると認められるべきだと強く考えます。

 この、目の前の被告たち関係者たちは、それにも関わらず、現在まで酸欠の合理的な説明すら行いません。

 裁判長、私たち住民が、この前に並んだものたちや、その上司を訴えなければならないと決意したのはこういう理由からです。

 もう、司法にたよるしか、国民のささやかな文化意識やそれを支える法さえも守れないところまで、東京外環道事業の地域環境への暴虐性は高まっているのです。

『真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし』

 外環道によるこの里山の破壊、あるいはその高い蓋然性とともに、これに対する裁判長のご
賢明なるご判断を、私は後世まで残すことを、今後の私の人生上の義務といたします。

 裁判長の高邁な御審理を地域住民に代わり、御願い申し上げます。

以上

posted by 東京外環道訴訟を支える会 at 20:43| Comment(0) | 日記